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モロッコ鉄道の旅 3.港町タンジェ

   
    
タンジェへ

 4泊したフェズともお別れ。朝7時の列車でタンジェ(タンジール)に向かう。切符はフェズについてすぐに買っておいた。2等で97ディルハム(円)。コンパートメント席だと反対側の車窓が全然見えないので、後ろの方に連結されていた座席車(2人掛けの座席が通路を挟んで並んでいる)に陣取った。

 日の出前の真っ暗なホームをすべるように発車。寒い。1月のモロッコは朝晩に限っては東京の寒さとそれほど変わらない。これが日中には気温が初夏並みに上がるのだから、1日の中に四季があるような感じだ。車内販売のおじさんからカフェオーレ(8DH)を買い、紙コップを両手で包むようにして暖を取る。

コンパートメントではない車両もある シディカゼムに入ってきたタンジェ行き列車 モダンなタンジェヴィル駅

 私たちの乗った列車はマラケシュ行き。目的地は反対のタンジェだから途中で乗換えなくてはいけない。午前8時半すぎに乗換駅のシディカセムに到着、9時20分発のタンジェ行きに乗り換える。この列車でも、コンパートメント車ではなく座席車に座る。犠牲祭の休暇を古里で過ごした人たちのUターンラッシュだろうか。シディカセムの町を出るまでに、ほぼすべての座席が埋まり、途中から乗ってくる人は何時間も立ったままだった。

 車窓を通り過ぎていく名も知らぬ町は、外国人観光客で賑わう大都市とは随分違う。バスではなくて馬車がカポカポ走っている町も多い。こんな町に立ち寄ったら、モロッコという国の印象は随分違うんだろうな。大都市ばかりを駆け足で回るせわしない旅をしている身には、聞いたこともない駅でふらっと降りる贅沢は許されない。

 駅周辺を除けば、車窓から見える風景は草原だったり、畑だったり。南部と違って砂漠の印象はない。建物が増えてきたらタンジェが近づいてきた証拠。町に近いのは終点のタンジェヴィル駅(以降ヴィル駅)なのだが、「地球の歩き方」には手前のモロラ駅は出ているもののヴィル駅の存在が一切記載されていない。降りるまでやや不安だった。結局、最新の「地球の歩き方」が出版される前に放映された「世界の車窓から」の情報が正しく、ヴィル駅で降りて正解だった。

リゾートと港町
 ヴィル駅は新しくて大きい。しかし、2階へのエスカレーターはロープでふさがれ、食堂の印がある2階は営業していない。おまけにコインロッカーもない。私たちはタンジェを日中観光して、この日のうちに夜行列車でマラケシュに向かう予定なので、駅に荷物を預けられなくて困ってしまった。

タンジェ旧市街 グランソッコ(大広場) グランソッコ脇の門

 スペインからのフェリーが発着する町なのだから港ならあるだろうと、タクシーで港に向かう。タクシーの運転手にはスペイン語が通じる。私は第2外国語がスペイン語。言葉が通じるというのはそれだけで心強い。運転手のおじさんによると、タンジェは「インターナショナル」で、マラケシュがモロッコのほかの町と違って最高なんだそう。海に近づけば少しは暖かくなるかと思ったらあてが外れた。おじさんは「タンジェはほとんどヨーロッパだからね」と、ほかの町とは違うんだとばかりに少し自慢げだ。

 港に荷物預かり所があると聞き、港に向かってもらう。海沿いの道は右手に砂浜、中央分離帯にパームツリー並木、左手は海に向かってホテルが林立と、いかにもリゾート地といった雰囲気。世界遺産になっているフェズやメクネスとは全然違う雰囲気。手荷物預かり所でバックパックを預け(1つ10DH)、身軽になって町に繰り出した。

 タンジェに来ることにあまり積極的ではなかった私だが、町を歩き始めてすぐこの町が好きになった。ヨーロッパとの往来の玄関口になっているせいか、大きな港町に共通する雰囲気なのか、雑然というかどことなく猥雑な雰囲気だ。海のあらくれ男、つまりならず者が集まってくるところって感じ。すれちがいざまに中国語のマネと思われる言葉を投げかけられることもあれば、「ハシモト」と呼ばれることもあった。

 店先から流れてくる音楽はインターナショナル。人々の顔つきもブラックアフリカからヨーロッパまで幅広い印象だ。船員向けなのか銭湯ならぬシャワー屋を見かけた。興味津々で中に入り、10DHでシャワーを使えることを確認した(結局、時間がなくて試せずに終わる)。

カスバから見下ろす港の景色 新市街はビーチ沿いにホテルが立ち並ぶ 旧タンジェ駅の向こう側は海

 メディナ(旧市街)は白壁に青いドアの一角があるかと思えば、クリーム色の一角があって、ぶらぶら歩いているだけで飽きない。グランソッコという広場に出たら、左手に庶民的な食堂が何軒かあった。ちょいとのぞいたらもうダメ。「ちょっと食べてけ」と通せんぼする。おまけに客の取り合いになって腕を両側に引っ張られた。こういうの、モロッコらしくていい。というのもヘンなのだが、フェズでは「自称ガイド」が十数人ついてくると聞いていたのにそんなことはなくて拍子抜けしていたから、少しウザイぐらいでちょうどいい感じだ。

 夫は相変わらず食欲がないのだが、お昼ご飯を食べないわけにもいかない。お兄さんたちのしつこさに負け、店頭の鍋に入っているでカレーみたいなスープ「ビサラ」を注文した。モロッコでは安食堂でもパンは自由に食べられるので、これで軽めの昼食にして、夜ご飯はフルコース(サラダ、スープ、クスクス、フルーツ)をしっかり食べた。

 さらに町をグルグル歩き回る。中国人が多いのか、すれ違いざまに中国語のマネと思しき言葉をかけられることも多い。日本人だと分かっている人には「ハシモト」と2回ほど言われた。橋本龍太郎でも来たことがあるのかな。カスバと新市街の展望スポットからフェリー見物、ビーチに降りてプロムナードを散策して港まで戻る。

 さっきは気づかなかったけど、港のすぐ手前に旧鉄道駅の駅舎が残っていた。ここまで列車で来てヨーロッパに渡り(もしくは逆ルート)たかったな。今の駅は町から遠すぎる。

■夜行寝台
 タンジェには1泊もしない。なんて慌しい旅なんだろう。8時すぎに駅に戻り、9時39分発のマラケシュ行きを待つ。どうも到着する列車が全体的に遅れている様子で、当然ながら出発も遅れる。改札が始まったのは9時をすぎてからだった。

 私たちが寝台車にこだわってモロッコ到着と同時に切符を買ったのには訳がある。数年前の「地球の歩き方」に夜行列車はスリや置き引きなどが出るので「絶対眠らないこと」とほぼ不可能なアドバイスが載っていたから、なんとしても寝台車に乗りたかった。しかし海外の鉄道旅行サイトによると、すぐに売切れてしまうとあるし、おまけに旅行者の増える犠牲祭のシーズンだった。なんとか切符をゲットしておいて正解だった。

寝台車の外側 下段の寝台 朝の車窓には乾いた風景が広がっていた

 寝台車は1両のみで、一番後ろに連結されていた。乗車の際に切符のチェックがあり、1人ずつ自分のコンパートメントに案内してもらえる。コンパートメントは2段ベッドが2つ並んでいて、私たちは2人とも下段だった。枕、シーツ、毛布は置いてある。枕元には簡単な灯かりもある(読書するには厳しい)。コンパートメントには内側から鍵がかけられるので安心だ。

 上段は2人とも男性で、靴まで上の網棚に上げて乗り込むと、それぞれ携帯電話で話し始めた。20分くらい遅れて発車すると、みんなすぐに寝じたくを始め、さっさと眠りにつく。なかなか眠れない私は何回もトイレに行った。トイレは車両の両端にあるのだが、片方はトイレの流す水が出ないし、もう片方は手を洗う水が出ない。隣の車両に行こうにも、連結部分の扉は鎖でグルグル巻きにして鍵がかかっていた(だから安心できるのだが…)。

 昼間乗った座席車は暖房がなくて朝晩は震えるほど。だから寝台車も震えながら一晩すごさなくちゃいけないのかと脅えていたら、ほどよく暖房が効いていて、毛布一枚でもぐっすりと眠れた。お風呂には入れなかったけど、フェズの宿よりもずっと快適だった。これで寝台料金が60DH(運賃は1等290DHだから合計350DH=5250円)なら安い。

 気がつくと、すでに外は明るくて、周りは一面赤茶色の砂漠。砂というよりも土なのかな。とにかく乾燥していそうな雰囲気だし、きのうまでの眺めとは一変して見渡す限り木も建物もない。私がイメージしていた「モロッコの車窓」に一番近いものがあった。ほかの3人がなかなか起きないので、廊下に出て外の景色を眺める。到着は定時の8時40分から10分ほどしか遅れなかった。。4.マラケシュに進む→


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