●電気屋のオヤジ
後ろ髪を引かれる思いでフンザを去り、パキスタン北部最大の町ギルギットまで下りてきた。背の高いビルはないけど、久しぶりに町に出たという感じだ。
 |
目抜き通りにある電気屋の前を通りかかったら、オヤジが「ジャパニ。ジャパニ」(日本人、日本人)と手招きした。足を止めたら「まぁ中に入って座れや」という感じ。「お茶でも飲まないか?」「ううん、いらない」「ボトル(コカコーラなど瓶入りの清涼飲料)の方がいいか?」「ううん、いらない」「そうか。じゃ、やっぱりお茶にしよう」。押し切られてしまう。オヤジは英語ができないし、私はウルドゥー語が全く分からないけど、なぜか会話は成り立っている。言葉や国籍に関係なく、コミュニケーションの相性が合う人ってたまにいるもんだ。このオヤジはどうもそれらしい。 |
| ギルギットの友、シャフィウ・ラーマン氏。 |
店内を見回すと、ソニーやアイワのロゴがついているごついカーステレオが目に入った。どうみても日本製には見えない。ソニーもアイワも同じ機械に見える。違うのはロゴだけ。オヤジは一体どこから仕入れてくるんだろう? ひょっとしたら中国から例の方法で密輸しているのかもしれないと思って聞いてみた。そしたら「ペシャワールで買って来るんだ。どうだ、いいだろう」と自慢げに言う。アフガニスタンから流れてきた商品らしい。
| 出前の少年がお茶を届けに来た。ポットからミルクティーを注いでもらって口にした瞬間、「ギルギットでは睡眠薬強盗に注意すること」とどこかで読んだのを思い出した。ゲゲッ! 思わず吐き出しそうになった。でも冷静に考えると、オヤジだって同じポットから注いだお茶を飲んでいる。大丈夫そうだ。結局全部飲んでしまった。私の動揺を全く知らないオヤジは、私のガイドブックのカバーが破けているのに目をつけ、ガムテープでグルグル巻きにして直してくれた。一生懸命なんだけど、おそろしく不器用なのがちょっと笑えた。お礼に写真を撮ってあげた。 |
 |
| ギルギットの目抜き通り、映画館前 |
それから大通りを一往復する間、土産物屋のおじいちゃんから屋台のスイカ売りのお兄さんまでなんと10人もがお茶をご馳走しようと申し出てくれた。イスラム圏では招待を断るのはマナー違反らしいけど、こちらのお腹にも限度がある。5杯でお腹がゲボゲボになり、それ以降は全部断ってしまった。生鮮食品を売っているバザールに入ったら、「写真を撮って」の大合唱。私も市場の写真を撮るのが好きなので、パシャパシャ撮っちゃう。パキスタン人(男性)は、自分の写真を撮られるのが大大大好き。これは多分、イスラムの宗派には関係ないと思う。
 |
翌日の夜行バスでラワルピンディーに旅立つ。バスターミナルに行く途中、電気屋の前を通ったらオヤジがいた。「きょうも茶を飲んでいけ」と言われたけど、「あんまり時間がないから」と断る。そしたらこのオヤジ、使用人に言いつけて私をバスターミナルまで車で送ってくれた。日本に帰ってから写真を送ってあげたら、英語の手紙が返ってきた。近所の人に頼んだのか、あるいは代筆屋を使ったのか知らないけど「今度はいつくるんだ? いつでもまた来なさい」だって。私は帰国後に旅の余韻を楽しむこんなひとときが好きだ。 |
| バザールで山羊だか羊の頭を売っていた青年 |
●灼熱のラワルピンディー
ギルギットかラワルピンディーへは夜行バスで行く。途中で強盗が出ることもあると聞いたから、ショットガンを持ったガードマンが乗り込んでいる一番高いバスにした。奮発して410ルピー(820円)を払う。だけど、A/Cデラックスバスというのは名ばかりで、最初から最後までエアコンは全く動かず、ドアと窓を全開にしたまま(夜中に気温が下がったら閉めた)。乗客はだれも文句を言っていなかったから、日常茶飯事なんだろう。
| 隣になったのはカシュガルから来たというウイグル族のおばさん。50代だろうか。私以外に1人旅の女性がいるなんてびっくり。ほとんど話は通じなかったけど、イスラマバードからカラチ経由でサウジアラビアに出稼ぎに行くことだけは分かった。多分、メイドさんとして働くんだろう。カラコルム・ハイウェーは、私のような旅行者や国境で会った密輸団だけでなく、サウジに出稼ぎに行く中国人女性の役にも立っているんだ。この道がなかったら、カシュガルから飛行機に乗らなくちゃならないだろうから、陸路の旅で旅費を節約できるに違いない。 |
 |
| ギルギットからラワルピンディまで乗ったバス |
午後3時にギルギットを出たバスは、ずっとインダス川(上流はフンザ川)に沿って走る。薄暗くなってきたら、くるんと丸まった紙のように薄い三日月がインダス川の上に出た。イスラム圏の空には三日月が良く似合う。バスがいきなり道の真ん中で止まり、男性の乗客だけが降りていった。私も降りようとしたら、ウイグル族のおばさんに止められた。祈りの時間になったため、男性だけ道端にある旅行者用のモスクで祈るんだそう。そういえば進歩的なイスマイリ派がいるのはギルギット以北だと聞いたから、お祈りをさぼらないスンニやシーアの乗客もいるんだろう。
 |
熱気を感じて目が覚めたら、外は明るくなっていた。回りに山はなく、道路は片側2車線。もう大都市の郊外を走っている感じだ。隣のおばさんによると、あと30分ほどでラワルピンディーに着くという。ということは、カラコルム・ハイウェーの終点であるハベリアンはとっくに通りすぎてしまったことになる。たとえ起きていても暗くて辺りはよく見えなかったに違いない。カラコルム・ハイウェーのパキスタン側の端っこを確認できなくて残念だ。 |
| ラワルピンディーの町並み |
朝6時前にラワルピンディーのバス・ターミナルに到着。日が昇ったばかりだいうのにやけに暑い。「暑い」というよりも「あっち〜」という感じだ。パキスタンの平地は今が一年で一番暑い季節。日中の気温は軽く40度を超える。
ウイグル族のおばさんに別れを告げ、バスターミナルからはスズキの軽トラックを改造した乗合タクシー(現地で「スズキ」と呼ばれている)を乗り継いで安宿街のサダルバザールに到着。カラコルムハイウェーの全行程をたどる旅は終わった。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。→8旅の実用情報へ進む
|
 |
| ラワルピンディーの庶民の足は「スズキ」。軽トラックを改造した乗合タクシーだ |
|