●イサドラ親父の宿
スストは通過点の町。見るべき所は何もない。さすがパキスタン。女の人が1人も歩いていない。男の人が着ているのは、無地のブカブカのパジャマみたいなやつ。顔も濃い。寄ってきた両替商で20ドルだけ両替して食事をし、さらに南下する車を探す。「きょうのバスはもうない。いいゲストハウスを紹介しよう」としつこく寄ってくる人もいたけど、諦めずにバスを探し回った結果、ようやくミニバスに乗り込むことが出来た。目的地はパスー。ここはフンザほど観光地化されてなくて、トレッキングをしようという人が来るところだという。

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30分ほどでパスーに着き、パスーで最も古くからやっているゲストハウス、バトゥーラ・インに泊まることにした。カシュガルのオアシスカフェにあった情報ノートに「バトゥーラ・インは寂れた感じ」と出ていたが、ほんとうにひっそりとしていた。先客はチェコからの若いカップル1組だけ。
ここにも情報ノートがあり、トレッキング情報を仕入れることにした。結構怖いことがたくさん書いてある。「偶然通りかかった人に助けてもらわなかったら、私は死んでいたでしょう」とか「道がなくなったので、ほとんど絶壁のようなところを攀じ登ったら、三方を崖に囲まれた。死にかけた」などなど。なかには「きのう1人でトレッキングに行った旅行者が戻らず、みんなで手分けして探したが見つからなかった」などという記述も。この人は結局、見つからなかったらしい。
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| パキスタンで最初に泊まったパスーのバトゥーライン |
奥多摩ハイキングと同程度の軽い気持ちでいた私は、急に心配になってきた。宿のイサドラ親父のアドバイスにより、Sさんと2人で行動し、かつガイドを雇うことにする。ルートも氷河の上を歩くのはやめて、楽そうな吊り橋めぐりのコースにする。
| イサドラ親父が私とSさんに「あんたたちは夫婦?」と聞いてきた。私が答える間もなくSさんが「イエース」と断言。ええっっ!!とびっくりしたけど、『待てよ。ここはイスラム教徒の国だから、Sさんは女の1人旅なんて物騒だと気を回してくれたのかもしれない』と思い、黙っていた。イサドラ親父は「それはいい。最近、結婚していないのに一緒に旅行している2人組が多くてねぇ」なんてぼやいている。Sさんとはたまたまバスで一緒になっただけで、一緒に旅行しているわけじゃないから、しらばっくれていた。 |

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| 部屋の裸電球は暗くて日記が書けない。青く見えるのは持参した寝袋 |
明日のトレッキングの相談をして、さて部屋に引き上げようという段になって、私とSさんは別々の部屋を所望。イサドラ親父は「????」目を白黒させている。結婚していないのに一緒に旅行している2人組はたくさん見ているかもしれないけど、別々の部屋に泊まる「夫婦」を見たのはきっと初めてだろう。面倒くさいので説明しなかった。あとになって、Sさんはイサドラの質問をよく分からないままに「イエース」と答えていたことが判明した。ごめんね、イサドラ。混乱させちゃって。「私の亭主は日本で仕事をしながらお留守番をしています」って本当のことを言ったら、イサドラはどんな顔をしたんだろう?
●インディ・ジョーンズの吊り橋

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翌日は晴天。イサドラに準備してもらったお弁当と飲料水を持ち、トレッキングに出発。宿の近くで遊んでいた少年をガイドに雇った。名前はアサンサルダーといい15歳。学校は休みだという。ガイドを雇ったのはやっぱり正解だった。まず、カラコルム・ハイウェーを外れて降りていく地点が分からないし、そもそもはっきりしたトレッキング・ルートがあるわけでもない。道しるべも、あったりなかったり。あったとしても、石を積んだケルンがあるだけで、「XXへ何分」なんて矢印付きの案内板があるわけじゃない。そのケルンだって、正しい道を歩いていれば時たま見かける程度。いったん迷ってしまったら、正しいルートを探すのはかなり難しいような気がした。分かれ道でどの道を選ぶかと言う問題じゃなくて、荒野の中で道なき道をたどるという感じだ。ガイドがいなかったら、私とSさんは最初の30分で迷っていただろう。 |
| バトゥーライン近くのカラコルムハイウエー |
少年が立ち止まった。指差す方角を見ると、ドロを溶かしたような汚い色の川に吊り橋がかかっている。思っていたよりも結構長い。下まで降りていってびっくり。遠くから見たドロの川は動いているように見えなかったのに、流れが速い。おまけに吊り橋ときたら、太いワイヤーを渡し、その間に板切れを挟んだだけの代物で、途中で板が折れていたり、間隔が1メートルぐらい開いていたりする。昔見たインディ・ジョーンズの映画を思い出した。これじゃトレッキングと言うよりも冒険ごっこだ。
私は高いところが苦手なんだけど、ここまで来て引き返すわけにはいかない(こういう性格は遭難につながりやすい)。少年の後について、そろりそろりと歩き始める。板の間からのぞく濁流がすごい迫力だ。両側のワイヤーロープにつかまりながら歩いていたけど、真ん中あたりになるとワイヤーの間隔が開いて手が届かない。おまけに川の真ん中は結構風が強く、吊り橋はぎしぎしと左右に揺れる。スリル満点。怖すぎる。少年は「ゆっくり、ゆっくり」なんて言っておいて、自分はさっさと渡ってしまった。そろりそろりと吊り橋を渡り終わった時には全身汗びっしょり。「吊り橋痩身法」なんて聞いたことはないけれど、100メートルほどの橋を渡っただけで2、3キロ痩せたような気がする。
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| ガイドになってくれたアサンサルダー君 |
吊り橋を渡りきってしばらく歩くとザラバードの集落。集落といっても、小さな小屋が2、3軒あるだけ。ひょっとすると住居と家畜小屋なのかもしれない。ここには冷たい湧き水があり、汗びっしょりの顔を冷やすことができた。畑仕事をしていたおじさんに挨拶したら、ニッコリと微笑んでくれた。それからさらに数キロ歩く。ガイドの少年も、ここらへんまでは来ることがないのか、ルート探しに苦労している。少年の後をついて行くうちにトゲだらけの低木の中に入ってしまい、3人ともひっかき傷だらけになってしまった。

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川の反対側に吊り橋を渡って来たということは、向こう側へ戻るときにもう一度吊り橋を渡らなくてはならない。トゲだらけの薮を抜けて30分もすると、2番目の吊り橋が見えてきた。ところがこの橋、途中でワイヤーロープが所々切れ、板がぶらんと下にぶら下がっている。とてもじゃないけど渡れそうにない。少年に、「あれを渡れるの?」と聞いたら、「ノープロブレム」と言われた。近くに寄ってみると、壊れた橋の隣に新しい細い吊り橋がかかっている。ホッとした。この橋は最初のやつより短く、板の間隔も狭かったので最初に比べれば渡りやすかった。それでも風が吹くたびに「ギャー」と悲鳴を上げていたから、川で釣りをしていた男性2人がゲラゲラ笑っていた。フン! あんたたちだって日本に来てエスカレーターやエレベーターに乗ることがあれば、最初はたまげると思うよ。 橋を渡ったところはフサニの集落。全体で4時間ほど歩いた。ここからKKHに出て、ヒッチでバトゥーラ・インに戻る。面白かったけど、またあの吊り橋を渡ってトレッキングに行く気があるかと誰かに聞かれたら、「多分行かない」と答えると思う。 →6フンザの長谷川学校へ進む
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| 最初の吊り橋。足がすくんだ |
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