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その8.6人部屋と大宴会の夜
     
     
真ん中で折れ曲がったままの橋
 「アナタ、ニホンジン?」「ミンシュク、モウナイヨ」「タイフウ、アッタンデショ、ナツニ…」。今回(2009年12月)の台湾の旅で一番楽しみにしていた南東部の金崙(ジンルン)温泉。温泉民宿を目指して駅からテクテク歩いて行くと道が通行止めになっていて、それ以上先には進めない。地図を見ると温泉民宿はその少し先にあるはずで、なんだかイヤ〜な予感がした。

 ちょうど道端に食堂があったので入って行って尋ねてみた。幸いにも片言の日本語を話す女性がいて、私が泊まろうと思っていた民宿は数カ月前の台風で被災し、跡形もなく更地になっていることを教えてくれたのだった。そういえば近くの知本温泉でホテルが川に向かって崩れ落ちる様子をテレビで見たっけ。台風被害がそんなに広範に及んでいるとは思わなかった。甘かった。

親切なこの女性は「ナツコ」と名乗った

 思わずヘナヘナと食堂の椅子に座りこんでしまった。駅前にタクシーが見当たらず、荷物を背負って30分余りも歩いてきた。12月とはいえ亜熱帯の台湾のこと、もう汗だくになっている。これから駅周辺に戻って宿を探さなければならないことを考えると、それ以上口をきく元気も残っていなかった。

 そんな私を見て食堂内にいた7、8人の男女が何やら話し合いを始めた。先ほどの女性によると近くに別の民宿があり、そこは台風の被害を免れて営業を続けているらしい。「トモダチノ、オニイサン、ヤッテル」「ワタシ、アナタト、イッショニイク」という話になった。悪い人には見えないので素直に好意に甘え、この女性のバイクに乗せてもらう。
比較的地味な温泉宿だが民宿よりも高級

 道が通行止めになっていたのは、橋が真ん中で折れているからだった。折れた橋の脇に造られた急勾配&ガタボコの迂回路をバイクは猛スピードで飛ばす。私はもちろん、運転している彼女だってヘルメットなんてしちゃいない。お尻がバイクの後ろでバウンドしている。『ひぃぃぃ〜、怖ぃぃ〜』と後悔しても後の祭り。あちこちで道路修復工事を進めるブルドーザーの脇をすり抜け、温泉宿に到着した。

 第一印象は『うっ、高いかも…』。一部2階建てのテラスハウス(長屋)風の造りながら民宿というには高級感がある。それに新しそうだ。恐る恐る宿泊料を尋ねてみると、やはり予算の2倍以上だった。しかし、周辺の台風被害がここまですごければ、ほとんどの人は『復興はまだ先』と考えて、ここにはやってこないだろう。私が泊まってあげなければ、なんていう使命感みたいなものが湧いてきた(あとになって杞憂だったことが分かる)。

6つ並んだベッドに圧倒された。窓の外には露天風呂がある

 それに、ここまで連れてきてくれた女性の手前、いまさら「駅周辺に戻ってもっと安そうなところを探します」なんて言いにくい雰囲気だ。割引をお願いして正規料金の3分の2程度になったところで妥協。ここまで連れてきてくれた女性と抱き合って別れを惜しむ(ちょっと大げさ?)。彼女は安心した様子でニッコリして帰って行った。

 ここに泊まることは決まったものの、まだ部屋の中も見ていない。普通なら部屋を見てから交渉するのにあわてていたので順番が逆になってしまった。カギをもらって部屋のドアを開けた瞬間、のけぞって倒れるかと思った。左側の壁際にベッドが6つ並んでいる。ベッドといっても布団状のマットだ。6人分の寝床が並んでいる様は壮観だった。デスクの上には畳んだバスタオルが6枚山積みになっている。何なのこの部屋は…。
温泉プールは3つに分かれている

 あわてて支配人のところへ行く。「こんな大きな部屋じゃなくていいんだけど…」「ほかの部屋は予約でいっぱいです」。通訳してくれた女性がいなくなってしまっても、お互いに相手の言いたいことは想像がつくから話は通じる。しかし、ほかの客なんて老夫婦を見ただけなのに…。ま、そんなことにこだわってもしょうがない。

 妙にスカスカする部屋ではあるけれど、路頭に迷わずに済んだし狭いよりも広い方がいいってもんよ。部屋には露天風呂(水風呂も)付だし、共有エリアの温泉プールも自由に利用できる。朝食付きで翌朝は駅まで車で送ってくれるという。上等だと納得する。
もてなしてもらった鶏足(左)や鶏肉の酒煮(右)など

 のんびりと風呂に入ったり、水着に着替えてプールに入ったりしているうちに、先ほど見かけた老夫婦は宿の車で去って行った。日帰り客だったらしい。いよいよこの宿の客は私1人になってしまった。さびしすぎてなんだか居心地が悪い。

 と思っていたら、乗用車が何台も連なってやってきた。6人部屋以外は満室だというのは本当だったみたい。自分の部屋の外のテーブルで無線LANを利用して仕事をしていたら(部屋の中では電波を拾わないのだ)、リーダー格の男性、陳さんが声をかけてきた。「私は日本人なんです。ごめんなさい、台湾語も普通話も話せなくて…」と言ったのにおかまいなし。日本語の単語を織り交ぜながら中国語と英語で食事に誘われた。「もう済ませました」といっても「スコシ…」と引き下がらない。「それじゃ、ちょっとだけ…」なんて言ってお邪魔し、気がついたら深夜までどんちゃん騒ぎをしていた。
明るく楽しい人達。一番奥で立っているのが陳さん

 この人たちは台湾第二の都市・高雄からやってきた50〜60歳代の仲良しグループ十数人。夫婦者と1人参加の人が半々くらい。食材や鍋、バーナーを持参し、客室前のポーチで自炊している。私が行くと皆で大歓迎してくれ、次から次に食べ物を出してくれた。お酒で煮た鶏肉、鶏足、グアバやマンゴスチンなどのフルーツ、お餅やお菓子などなど…。「これも食べな!」と次々に手渡され、片手に鶏足、片手にグアバを持っているような状態だった。

 彼らはほとんど英語を話さないし、私の中国語ときたら比べ物にならないほどレベルは下だ。しかも、彼らは日本語世代よりも若い。要するに私たちはほとんど会話ができない。それにもかかわらず、お互いにコミュニケーションは成立している。海外で常々感じるのはコミュニケーション能力と語学力は別物ということだ。

太極拳の師範。旅行はいつも刀持参ですか?

 オープンマインドな人達が集まれば、言葉はさほど問題じゃない。太極拳の先生だという男性が刀を(本物じゃないと思うけど)振り回して実演してくれたり、社交ダンスを習っているという夫婦がタンゴを踊ってくれたり、テレサテンの歌を日本語と中国語で同時に合唱したりと、すごく盛り上がった。他に宿泊客がいたら絶対に苦情が出ていただろう。

 名刺は日本語で「メイシ」で台湾では「メイジ」ということ、熱いものに触ったときに反射的に耳たぶを触るのは日台共通なことなど、そんなどうでもいいことでいちいち笑い合う。私が「6人部屋に泊まっている」と苦労しながら説明したら、みんな冗談だと思ったらしい。誰も信じてくれない様子なので部屋に連れて行ってベッドが並んでいるところを見せたら、皆でお腹を抱えて笑い転げている。そんな姿をみると国境の壁をまったく感じない。
金崙駅。ここの駅員さんも親切だった

 途中で私が部屋のカギを落として探し回るなどのハプニングもあったものの、最後は台湾らしく烏龍茶を何杯も飲んでお開き。さすが本場のお茶だけあっておいしかった。陳さんとメアドを交換し、1人1人と握手をしてそれぞれとツーショット写真を撮った。全部で十数枚だ。いろいろな偶然が重なり、台湾の人たちの温かさにどっぷりとつかることのできた幸せな1日となった。ちなみに6人部屋では奥から3つ目のベッドに寝た。部屋の照明のスイッチに一番近かったからだ。

(この文章はブログ「らくだのひとりごと」2009年12月9日「なぜか6人部屋」と12月10日の「気がつけば宴会」をまとめて加筆したものです。)


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