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その6.チュニジアの家族
     
     
 1994年2月、事前にほとんど何の予備知識もないまま、チュニジアに行った。予定していたスリランカ行きの航空券が取れなかったせいだ。当時、いつも利用していた格安航空券屋のお兄さんから「成田−バンコクの予約が取れないけど大丈夫。1週間前には必ず予約が入るから」と保証されてたけど、1週間前どころか3日前になっても予約が入らない。こっちは当然、休暇を申請済みだ。「こうなったらどこでもいいから、どこか行かせてっ!!」と悲鳴を上げたら、あちこち電話をかけて調べてくれ、「その日程で行けるのは大韓航空の成田−ローマ往復」と言われた。ローマねぇ。あんまり興味ない。担当のお兄さん、私の心を見抜いたかのように「チュニジアならローマから一飛びだよ」。おっ、チュニジアかぁ。それなら私も興味あるぞ。あまり深く考えず、チュニジアに行くことにした。

 ローマの空港で1晩すごし(これは既に書いた通り)、空港にあるチュニス・エアーのカウンターで、「きょうの便でチュニスに行って、6日後に戻ってくる航空券を買いたい」といったら、すんなりと買えた。というのも、イスラム圏はこの日からラマダン(断食月)入り。わざわざ、そんな時にチュニジア観光に行こうなんて物好きな旅行者はそんなにいないんだろう。機内はガラガラ。回りをみると、機内食をムシャムシャ食べているのは私だけだ。

羊飼いのおっちゃんたちは写真を撮られるのが好きみたい。(この写真は空港周辺で撮ったものではありません)

 出発前にあわてて買ったガイドブック(ロンプラ)によると、空港から町の中心にある鉄道駅まで、バスが出ているらしい。そして鉄道駅の周辺には安宿があるもんだ。入国審査を済ませ、両替をして外に出たら、空はどんよりと曇っていた。ちょっと離れたところでは羊飼いが数頭の羊を追ってのんびりと歩いている。初めてのアフリカ大陸の印象は、旧約聖書の世界みたい。

 辺りを見渡すと、バス停らしいところはちゃんとある。女性が2人立っていた。母娘らしい。どのぐらい英語が通じるのか分からないけど、「ここから出るバスは駅に行きますか?」と聞いてみた。「ええ、行くわよ」。女の子は英語を話した。大学生だという。2人で何かを話していたかと思うと、「どのホテルに泊まるの?」と聞いてきた。「実はまだ決めていないの。駅の近くに何件か安いホテルがあると思うから、駅に行ってから探すつもり」。彼女はまた2人で何か少し話してから「うちに来ない?」と言ってきた。

地中海沿いの町スースの要塞。(本文とは関係ありません)

 これまで旅先で全く知らない人からこうしたお誘いを受けたことは何度もある。もちろん断ったことの方が多いけど、彼女たちはどうみても悪い人じゃなさそうだ。食事に招いてくれてあとで安宿を紹介してくれるつもりなのか、家に泊めてくれるつもりなのか分からなかったけど、好意に甘えることにした。

 2人は少し話し合っていたかと思うと「バスをやめてタクシーにしよう」と言ってきた。結局空港からタクシーでチュニスの中心部に向かった。タクシーの中でお互いに自己紹介した。彼女の名前はゾハラ。隣にいたのはやはりお母さんで、フランスに出稼ぎに行くお父さんを見送りに来たところだった。彼女たちの家は、鉄道で何時間か南下した海岸沿いの保養地にあるという。ゾハラは大学に行くため叔母さんの家に下宿をしていて、お母さんもきょうはそこに泊めてもらうそう。私も泊まっていけという。そんなところに私まで転がり込んでもいいのだろうか。

スターウォーズのロケ地として有名なマトマタで泊まった穴ぐらホテル。部屋の中からはカギが掛かるけど、外からは掛けられない。外出するときは不安だった。(本文とは関係ありません)

 ゾハラはそんなこと、お構いなし。お菓子屋に入っていったかと思うと、紙ナプキンに包んだケーキを持って出てきて「食べて」と私に差し出した。ありがたくいただく。ラマダン中だというのに道を歩きながらケーキを食べているので、心なしか人々の視線が痛い。ゾハラは今度はみやげ物屋の中にズカズカ入っていき、ラクダ模様を打ち出した金属の皿を選び、私の名前を打ち込んでもらって買っている。「日本にはないでしょ。これ持って帰ってね」。なんなんだ。この歓待ぶりは。ちょっと怖くなった。

 買い物が終わると、今度は市バスで家に向かう。バスで30分弱の住宅地にある家は、2階建ての一戸建て。周りの家と比べても結構立派だった。かなりのお金持ちらしい。ゾハラの叔母さん夫妻は私をみてもそれほど驚いた様子もなく、2階にある大きな部屋(8畳ぐらい)を私にあてがってくれた。 

 荷物を置いてさっそく1階に。ゾハラの叔母さん夫妻には息子2人と赤ん坊がいる。ゾハラ以外は英語を話さないので、会話は全部ゾハラ経由になる。3歳ぐらいまでの幼児はラマダン中でも断食をしなくていいらしい。叔母さんとゾハラのお母さんは、夕食の準備に取りかかった。台所は1畳半ぐらいのスペースで結構モダンだ。素焼きのおもしろい形をした鍋を持ち出して家庭料理のトマト味の煮こみを作ってくれた。クスクス(細かい粒々のパスタ)で食べるという。クスクスを食べるのも初めてだ。あとはタジンというタマゴ焼きを作ってくれた。

  私が泊めてもらった部屋

 ラマダン中は日の出から日没まで食事をしてはいけない。日が沈んでようやく食事の時間になると、家族全員でお祈りをする。ちょうど赤ん坊が泣き始めたので、私が抱っこしてあやしてあげた。見ず知らずの人の家に上がり込んで、一体あたしゃ何をしているんだろう。数時間前には予想もしていなかった展開で、なんだかとっても愉快な気分になる。今回も自分らしい旅だ。食事はどれもおいしく、「もっと食べろ、もっと食べろ」と勧められるまま、苦しくなるほど食べた。

 食後はみんなでテレビ鑑賞。白黒でチャンネルは1つしかない。ニュース番組は最初の5分間が「きょうの大統領」といった感じのコーナー。さすが独裁制の国だけある。しばらくみていたら日本のニュースも出てきた。

 当時官房長官だった武村さんが映ったら、ゾハラから「この人が日本の大統領?」って聞かれた。その次に細川さんが映って「日本には大統領はいなくて、この人が首相で政治的なリーダーだよ」って言ったら、家族はみんな不満そう。どうも武村さんの方が一国のリーダーとしてふさわしく見えるらしい。「そういえば、日本てよく首相が変わるんだよね。イタリアよりもひどいんだよね」と言われ、返す言葉もなかった(そのころは海部、宮沢、細川、羽田と、めまぐるしく首相が交代していた)。こちらはチュニジアのことなんて何一つ知らないのに、申し訳ないような気がする。

赤ちゃんを抱くゾハラ(右)と叔母さん。スカーフで髪を隠していない女性も多いけど、彼女たちはいつもスカーフをしていた。

 翌日はチュニスから海沿いに南へ下ったところにある保養地のスースに列車で行く予定にしていた。朝起きたら、私のためにフランスパンのサンドイッチが2つ用意されていた。1つは朝食用、1つはお弁当ということらしい。ゾハラたちは、日が出る前に起きて少し軽食を取ったという。この日が日曜日だったので、ゾハラがバスで鉄道駅まで送ってくれた。私の旅のモットーはできるだけ安くできるだけ長くなんだけど、彼女が「絶対に1等車にすべき」というので、素直に従う。「南部を旅行したら、またうちに戻ってきてね」と言ってもらい、「うん、5日後にはまた行くから」と返事をしているうちに不覚にも涙が出てきた。空港のバス停で出会っただけの外国人旅行者に食事と宿を提供し、かといって過剰なもてなしをするわけではなく、家族みたいに扱うというのは、私には絶対できない。

 スース、マトマタ、ドゥーズと回って数日後にチュニスへ戻り、市バスでゾハラの家に戻った。ゾハラも叔母さん夫妻も子供たちも当然のように私を迎え入れてくれた。近所の子供たちも「また来たのか」っていう顔をしたぐらいで、それほど珍しそうでもない。私がいない間に私の家族用と職場用にお土産(箱入りのナツメヤシ)まで準備されていた。あたしゃ旅先で何も買ってきていないというのに。恥ずかしいことこの上ない。

  家族揃って食事 キッチンはピカピカ

 ローマに戻る日、ゾハラは大学をさぼって空港まで送りに来てくれた。もう2度と会うこともないかと思うと、お互い涙が止まらない。「日本に帰ったら何か送るけど何がいい?」と聞いたら、「日本はすごく物価が高いと聞いているから何もいらない」と模範回答が返ってきた。そんなこと言われても、こっちが困ってしまう。

 アラブ圏を旅したのは初めて。インド留学中にイスラム教徒の友人がいたとはいえ、アラブについては正直いうと「分かり合えない」とか「狂信的」っていう先入観があった。そんなわけでチュニジアに来る前はちょっと脅えていたんだけど、ゾハラをはじめ会う人はみんな親切で、女の1人旅に対する偏見も感じなかった。単にラッキーだったのかもしれないけど、こと旅人へのホスピタリティ(おもてなしの心)という点では、普通の日本人はチュニジア人(というかアラブ全般?)にはとてもかなわないと思う。

チュニスからスースへの1等列車の切符。(縮小しています)

 日本に帰ってきてから、ゾハラが建築について興味があると言っていたので、日本の伝統建築の写真がたくさんでている本を買って送った。手紙によると、彼女はすごく喜んだみたい。その後も文通していたけど、なぜか私がニューヨークに転勤した後、手紙がぱったりと来なくなった。やっぱりアメリカが嫌いなんだろうか?


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