今回の日程は、ハバナ、サンチャゴのほかもう1ヵ所回る予定(95年の前回はハバナ、バラデロ、トリニダーを回った)だったけど、どこに行くかなかなか決められらない。最後にはサンチャゴで会った元船員さんが「シエンフエゴスはキューバで一番美しい町」と言ったのを信じてシエンフエゴスに行くことにした。 キューバの長距離バスはアストロとビアスールの2種類(詳しくは旅の実用情報の項目を参照)で、シエンフエゴスまで1日おきながら直通サービスがあるのはアストロだった。切符の予約に苦労したけど、なんのことはない、外人は出発の1時間前でないと切符が買えないのだ。
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切符は31ドル。(シエンフエゴスでは要予約だった。)午後4時発で所要11時間ということは午前3時着。サンチャゴの民宿のセニョーラ、マリアが心配してシエンフエゴスの民宿に電話をかけ、「夜中の3時着のバスで日本人が行くから」と予約してくれたから心配ないはず。マリアに感謝。
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| 一般用待合室(左)と、冷房完備で冷水機もあるドル払い乗客用待合室(右)。 |
バスターミナルでは、ドル払いの乗客は冷房完備の待合室が使えたが、一般キューバ人の待合室には椅子も少なく、ほとんどの人が建物の外で地べたに座り込んでいた。バスで隣に座ったのはクララインという女性。サンチャゴ近郊に住んでいて私よりも若いのに3人も子供がいる。だんなさんは病気だと言っていたが、何の病気なのか、なんでだんなを置いてシエンフエゴスに行くのかは、私のスペイン語力では理解できなかった。
午後7時ごろ、食事休憩でバスが止まると、彼女は私をうながしてバスを降りた。持っていた大きな袋を指差して「夜ご飯を食べよう」と言う。弁当箱の中身は骨付きのチキンを炊き込んだご飯。彼女は弁当を半分に分け、スプーンをつけて私に差し出した。予備のスプーンなど持っていないのだろう。彼女はインド人みたいに手掴みで食べている。思わず胸が詰まった。シエンフエゴスに着いたら、日本の絵葉書を出して彼女にプレゼントしようと思っていたのに、彼女はバスターミナルに着く前に「良い旅をね」と言って降りて行ってしまった。荷物はバスの下にある荷物室に入っているから、何もプレゼントできなかった。残念だ。
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| 夜ご飯を分けてくれたクラライン |
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シエンフエゴスに着いたのは予定より2時間以上も遅い午前5時半前。こんな非常識な時間に民宿にチェックインできるだろうかと思っていたら、バスが止まってドアが開くなり「日本人は乗ってる? 」と声が聞こえた。こんな時間に民宿の人が出迎えに来てくれたんだ。「ここにいるよ!」思わず大きな声が出た。回りの人たちが少し笑った。民宿の女主人ペペは私の名前を大きく書いた紙を持って迎えに来てくれていた。民宿はバス・ターミナルの向かい。少し寝ることにする。シエンフエゴス市内の足は馬車みたいで、ときおり表の通りを走る馬のひずめの音がパカパカと部屋の中に響いた。心地よい子守唄のようだった。→5に進む
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| 民宿の女主人ペペは、私の名前を書いた紙を持って夜明け前に迎えに来てくれた。 |
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